東京タワーが好きな理由と仕事に対するプライド・使命感

東京タワーとラムコーク

2009年9月21日。

本日は少し脱線して・・・東京タワーが好きだ。

たまに「あんなの、ただの鉄骨の塔じゃん」と言う人がいるが、それが東京のシンボルになっている所もたまらない。

16歳の時、付き合っていた彼女との記念日にも迷わず東京タワーに行った。

近くのレストランに行って、何語かも分らないメニューを出され、一つだけ読めたコーク的な字を確認し、コーラーを頼んだつもりがラムコークが出て来たが、東京タワーが好きだ。

16歳にラムコークを出す店もどうかと思うが、おかげ様でそれ以来ラムコークも好きだ。

東京タワー 基本データ

東京タワーは、1957年(昭和32年)6月に着工し、1958年(昭和33年)10月14日、15時47分に80mのアンテナを取付、竣工した。

総工費約30億円、作業員は述べ22万人。

高さは333m(横浜ランドマークタワーが296m・都庁で約250m・サンシャイン60で約239m) 。

自立式鉄塔では今なお世界一だ。

設計者は塔博士と呼ばれていた当時71歳の内藤多仲(たちゅう)氏。

示された条件は、エッフェル塔の高さ(318m)を越える世界一の塔であることだった。

設計期間は三ヶ月、設計図は一万枚に上った。

関東大震災の二倍の地震にも耐えられる設計をし、台風も風速90mまで耐えることが出来る設計になっている。

ちなみに、鉄骨の色がオレンジと白なのは、航空法に従った色である。

12月23日にオープンしてから、年間来場者は約500万人で(東京スカイツリーは初年度予想来場者・550万人。 沖縄美ら海水族館は300万人)、今でも、一日の来場者は約9,000人・年間来場者数は約330万人。

少なくみても、この中の1人は私だ(東京スカイツリーの試算データーを例にすると年間来場者が300万人だった場合でも、 経済効果は473億円という試算が出ている)。

東京タワー建設秘話

当時、全国から鳶職の精鋭が集まり、世界一の電波塔建設のため、命懸けで工事にあたった(実際、残念ながら一名の鳶職の方が命を落としている)。

その時の若頭、当時25歳の若さだった桐生五郎さんが 以前NHKのプロジェクトXに出演していた。

「燃えていた。世界一の電波塔を造って 早く一人前になって嫁さんをもらうというのがあったかったら」

そして、「東京タワーが完成したら結婚しよう」 そうプロポーズした。

その答えに迷った奥様は、こっそり現場を訪れた。

そして、鉄骨の頂上で輝いて働く姿に結婚を決めた。

そんな二人が、番組の最後に東京タワーに上り、そのエレベーターで奥様が下を見て 「怖いわー」と言った瞬間、桐生五郎さんが一言。

「怖くねーよ、俺が作ったんだから怖くねー」と言った。

東京タワーが好きだ。

伝えたっかたこと まとめ

未来の社員達に伝えたかったことは、自分の仕事に対するプライド・使命感・モチベーションの上げ方を、自分自身でも日々考えてほしいということ。

もちろん会社として考えなければいけないことでもあるが、有名なレンガ職人の話を、未来の社員達は知っているだろうか?

旅人が三人のレンガ職人に 「何をしているのですか?」と聞くと

一人は「レンガを積んでいる」と答え

もう一人は「レンガを積んで壁を作っています」と答え

最後の一人は「教会を作っています。この教会が出来たら きっと多くの人が喜んでくれるでしょう」と答えた。

同じ仕事をしていても、考え方一つで気持ちは大きく変わるのです。

そして、どんなに認められても、現状に満足してはいけないということ。

守るべきモノは昨日の栄光より明日への挑戦心という言葉がありますが、現状維持は衰退の始まりだと思います。

今では当たり前のライトアップ(費用は1日約2万円)が始まったのは 20年前(1988年)とわりと最近で、入場者数が減ってきて考案したそうだ。

それ以外にも、あの東京タワーも多くの企業と同じように変化をしてきたのです。

そして私の目標の一つに東京タワーが見えるオフィスで働くという目標がある。

これを読んだ未来の社員が 「あのー、東京タワー見えませんけど…」と思ったなら・・・

思ったってことは・・・

まだなんだ・・・、まだ見えないんだ・・・

「東京タワーが見えるように頑張っています! 東京タワーが見えるようになったら、きっと多くの社員が喜んでくれるでしょう!」

【今日の言葉は】

世の中におもしろい仕事とつまらない仕事があるわけではない。

面白いと思える自分と、つまらないと思う自分がいるだけ。